Spectatum veniunt, veniunt spectentur ut ipsae スペクタートゥム ウェニウント ウェニウント スペクテントゥル ウト イプサエ 彼女たちは自身が見られるために見に来る
恋のお相手を探すには
今回も、オウィディウスの『恋愛術』からの引用を紹介します。今回紹介するのは、Spectatum veniunt, veniunt spectentur ut ipsae「彼女たちは自身が見られるために見に来る」という文です。これは、円形劇場に来る女性たちのことを言っています。
オウィディウスは、まずどこでお目当ての相手を探せばいいかについて説明します。そこで、おすすめしているのが劇場です。その理由は、来る人の数が多く相手を物色するのに適しているからというものです。その次の理由として、spectatum veniunt, veniunt spectentur ut ipsae と書かれています。
では、語句の解説をしましょう。
| 文中の単語 | 辞書の見出し語 | 品詞 | 見出し語の意味 | 性、曲用・活用 |
| spectatum | specto | 動詞 | 見る、見物する | 目的分詞対格 |
| veniunt | venio | 動詞 | 来る | 直説法能動態現在三人称複数 |
| veniunt | venio | 動詞 | 来る | 直説法能動態現在三人称複数 |
| spectentur | specto | 動詞 | 見る、見物する | 接続法受動態現在三人称複数 |
| ut | ut | 接続詞 | …するために | |
| ipsae | ipse | 代名詞 | 自ら、自身 | 女性複数主格 |
specto は specio「見る」の派生語で、英語の aspect「容貌、側面」、inspect「検査する」、perspective「見通し」、respect「尊敬」、suspect「疑いをかける」、spec「仕様、スペック」はこの specio 由来になります。
ipse に関しては、ipse dixit というフレーズは英語圏でも知られています。文字通りには「彼自身が言った」という意味ですが、英語圏では「証拠のない主張」という意味で使われます。また、英語には ipsedixitism「立証されていない独断的な断定」という単語もあります。
このフレーズを直訳すると「彼女たちは見るために来るのだが、自身が見られるために来ているのだ」となります。そして、「見られるために見に来る」というのは、つまりオウィディウスによれば、劇場に行く女性たちは着飾ったり化粧をしたりして注目を集め、あわよくば声をかけられることを待っているということを言っています。それが本当かどうかはわかりませんが、恋愛テクニックの指南本という形を取った本というだけあって、アドバイスがかなり具体的になっていますね。

1644年に出版されたオウィディウス『恋愛術』ドイツ語訳
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ovid_Ars_Amatoria_1644.jpg (Public Domain)
不思議な語順
ここで、Spectatum veniunt, veniunt spectentur ut ipsae の語順にも注目しましょう。ut「するために」が導く節は spectentur ipsae「彼女たち自身が見られる」なのですが、ut の前に spectentur が飛び出しています。
語順が veniunt ut spectentur ipsae にならない理由は、詩の韻律に合わせるためです。この詩はダクテュロス・ヘクサメトロスという韻律で書かれた行とペンタメトロスという韻律の行が交互に連なるようになっています。今回の文はダクテュロス・ヘクサメトロスの方の韻律です。ということは、長短短の音節(または長長)で構成される詩脚を4回繰り返し、その後に長短短、最後に長長(または長短)の詩脚が並ぶようになっています。ここで、後半を spectentur ut ipsae にしないと詩の韻律が合わなくなります。例えば仮に ut spectentur ipsae にすれば、spec(長)ten(長)tu(短)rip(長)sae(長)となり、短音節が二回続かないのでダクテュロス・ヘクサメトロスの体をなさないのです。では、ut ipsae spectentur と、主語を前に持ってきたらどうでしょう? 行の最後の方は、sae(長)spec(長)ten(長)tur(短だが行末なので長扱い)となります。spectentur ut ipsae とすれば、spec(長)ten(長)tu(短)ru(短)tip(長)sae(長)となり、ダクテュロス・ヘクサメトロスの韻律に合うのです。
ラテン語特有の分詞
そして次に、spectatum「見るために」についてお話しします。これは目的分詞(スピーヌム第一形)と呼ばれ、ラテン語に特有のものです。英語にもドイツ語にも、ギリシャ語にもありません。目的分詞は主語の数や人称にかかわらず、一つの語形になります。ただ、第一形と第二形があります。spectatum のように um で終わる形は第一形、u で終われば第二形です。
スピーヌム第一形(一部の海外の文法書では「対格スピーヌム」と書いています)の特徴は、移動を表す動詞と共によく使われるということです。今回の veniunt もそうですが、他には cubitum ire「就寝する、寝床に行く」などの言い回しがあります。また、スピーヌム第一形は直接目的語をとることはあまりありません。スピーヌム第二形の方は「…するに」と訳され、例えば、mirabile dictu「語るも不思議な」というフレーズは英語圏では知られています。
今回は、他の言語にはあまり見られないスピーヌムについて少し詳しく説明してみました。このように、例えば英語では複数の単語を使うところを一語で言えてしまう言い回しがあるというのは、ラテン語の特色です。ただし「目的」は ut+接続法や ad+動名詞(あるいは動形容詞)でも表せるので、使用頻度はそんなに高くなく作家によってもまちまちですが、このスピーヌムという用法に是非注目してみてください。
〈参照文献〉
