mendacem memorem esse oportet メンダーケム メモレム エッセ オポルテト 嘘つきは物覚えが良くなければならない
修辞学者クィンティリアーヌス
今回は、クィンティリアーヌスの言葉 mendacem memorem esse oportet 「嘘つきは物覚えが良くなければならない」を取り上げます。この修辞学者は、古代ローマの弁論術に通じている人でない限り聞いたことがないと思います。しかし、彼は古代末期や中世初期、ならびに近代初期においてヨーロッパの文人によく読まれました。イギリスの詩人アレキサンダー・ポープは、『批評論』(1711年)において、「真面目なクィンティリアーヌスの内容豊富な作品において、きわめて正当な諸法則ときわめて明瞭な方法が合わさっている(In grave Quintilian's copious works we find / The justest rules and clearest method join'd)」と書いています。
そんなクィンティリアーヌス自身は西暦35年ころから100年ころを生きた人物で、生まれはイベリア半島、具体的には現在のスペイン北部のカラオラ市です。ローマで修辞学の教育を受け、その後は弁論家として実際に弁論も行いました。また彼は修辞学を教える学校も開校し、彼の生徒には小プリーニウス(『博物誌』で有名な大プリーニウスの甥)もいました。
彼は、修辞学に関する12巻本『弁論家の教育』(Institutio Oratoria)を書き、これが現在まで伝わっている彼の唯一の作品です。他には、一説にはクィンティリアーヌスのものだと考えられている弁論集が伝わっています。

1720年版『弁論家の教育』扉絵
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Quintilian,_Institutio_oratoria_ed._Burman_(Leiden_1720),_frontispiece.jpg
では、各単語を解説しましょう。
| 文中の単語 | 辞書の見出し語 | 品詞 | 見出し語の意味 | 性、活用・曲用 |
| mendacem | mendax | 名詞 | 嘘つき | 男性単数対格 |
| memorem | memor | 形容詞 | 記憶力の良い | 男性単数対格 |
| esse | sum | 動詞 | …である | 現在不定詞 |
| oportet | oportet | 動詞 | …すべきである | 直説法能動態現在三人称単数 |
mendax 「嘘つき」は、英語 mendacious 「嘘つきの」の語源になっています。mendax は mendum 「欠点、誤り」と語源的にかかわりがある単語で、この mendum は英語 amend 「修正する」の語源になっています。a- は打消しを表す接頭辞で、「欠点をなくす」という成り立ちによって、amend は「修正する」という意味になっています。また、英語 mend 「修理する」は amend に意味が似ているのに打消しの成分がありません。mend は古フランス語 amender 「修理する、直す」が英語に入ったもので、打消しの a が取れたのです。その結果、mend の語源を知っている人にとってはややこしい意味になっています。
memor は、英語 memory 「記憶」の語源になっていることは想像しやすいと思います。ちなみに「メモ」はmemorandum 「メモ、覚書」の略で、これはラテン語 memorandum 「記憶されるべき物」を綴りそのままに取り入れています。
そして、このフレーズの主動詞 oportet は少し変わった動詞です。普通、ラテン語の辞書では、動詞は直説法能動態現在一人称が見出しになります。しかし、表を見れば分かるとおり oportet は三人称単数です。実は、この動詞には一人称の形が無く、主に三人称単数だけなのです。このような種類の動詞は、非人称動詞と言います。それが使われている文では特に定まった主語がありません。oportet は、語法が難しいせいか、現代語には残っていません。ちなみに oportet は versus 「向けられている」と関連があると考えられています。つまり、「(ある人に)向けられている」から「(ある人に)ふさわしい」「するべきである」という意味になったという流れになっています。
演説でつく嘘
今回取り上げたフレーズは『弁論家の教育』4巻にあるものです。mendacem memorem esse oportet という形で知られていますが、『弁論家の教育』に載っている文をそのまま引用すると verumque est illud quod vulgo dicitur, mendacem memorem esse oportere. 「そして、よく言われる『嘘つきは物覚えが良くなければならない』というのは本当である」となります。
この一文が見られるのは、嘘を混ぜて演説する際の注意点が述べられている部分です。その中で、「演説する人は、演説を通して自分のついた嘘を覚えていなければならない。なぜなら、自身が付いた嘘は大抵忘れてしまうから(orator meminisse debebit actione tota quid finxerit, quoniam solent excidere quae falsa sunt)」と語られています。その後に「そして、よく言われる『嘘つきは物覚えが良くなければならない』というのは本当である」という内容が続きます。クィンティリアーヌスが論じているスピーチというのは、裁判や学校の修辞学の授業での模擬弁論においてなされるものです。学校や裁判の場において嘘を混ぜて演説を行うことは、現在の価値観からは推奨されませんが、古代ローマの弁論においてなされることがありました。
いかがでしたでしょうか。たしかに、嘘をつく場合は、相手に対してその嘘がばれないようにどんな嘘を言ったのか頭にとどめておき、同時に自分の演説が事実と矛盾しないように気を付けなければいけません。嘘をつくという行為は、かなり頭を使う作業なのだと分かります。
〈参照文献〉
