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名句の源泉を訪ねて 

Si vis pacem, para bellum. スィー ウィース パーケム パラー ベッルム 平和を欲するなら、戦の準備をせよ。

戦の準備をせよ

 未だにこの世界において戦争はどこかしらで行われており、最近でもアゼルバイジャンとアルメニアの間にあるナゴルノ・カラバフにおいても戦争が起きてしまいました。その戦争について SNS で時々、古代ローマ時代から言われていたものとして「あなたが平和を欲するのであれば、戦の準備をしなさいSi vis pacem, para bellum.)」という言葉が紹介されているのを目にします。

 まずは、フレーズの個々の単語を文法的に見ていきましょう(かっこの中は辞書の見出しで載っている語形)。

単 語 品 詞 活用や曲用の種類
si 接続詞 「もし」  
vis (volo) 動詞 「欲する」 直説法能動態現在二人称単数
pacem (pax) 名詞 「平和」 単数対格
para (paro) 動詞 「準備せよ」 命令法能動態現在二人称単数
bellum 名詞 「戦」 単数対格

ちなみに、ドイツの会社が開発した 9x19mm Parabellum「9x19mm パラベラム弾」の Parabellum も、このフレーズに由来しています。日本においても 9mm Parabellum Bullet というロックバンドがあります。

古代ローマの名言?

 この記事の上の方で、このフレーズは古代ローマ時代から広く言われたものと紹介されていると書きました。しかしそれは本当でしょうか。まず、このフレーズは古代に広まったわけではないと考えられます。というのも、この言葉はウェゲティウスの『軍事論』にある文をベースにして作られたもので、その『軍事論』は古代末期の4世紀(早くても西暦383年以後)あるいは5世紀(遅くても西暦450年以前)に書かれた作品です。作品中のラテン語は Igitur qui desiderat pacem praeparet bellum. 「したがって、平和を望む人は戦の準備をするべし」という言葉遣いになっています(誰が最初に Si vis pacem, para bellum という形で書いたのかは不明です)。igitur は普通文頭に書かれない単語なのですが、この文では文頭に書かれています。また Si vis pacem, para bellum では para「準備せよ」という命令が使われていますが、こちらの文章の praeparet は命令法ではなく接続法で、接続法はこの文では願望を表すので、para bellum「戦の準備をせよ」よりも弱い言い方になっています。

「戦の準備」とは

 このフレーズは第3巻のまえがきの一部で、冒頭の全体は戦術の大切さを説いています。例えばスパルタ人は戦術に力を入れ、戦術家たちは若者に数々の戦闘技術を教えていました。戦術の大切さはポエニー戦争でも明らかになります。というのも、カルタゴ側に雇われたクサンティッポスは巧みな戦術を用いてアティリウス・レグルス率いるローマ軍との戦いで勝利したからです。加えてハンニバルはスパルタ人の戦術家を雇い、戦術家の忠告に従って、カルタゴ軍がローマ軍よりも兵士の数や兵力で劣っていようともローマ側の多くの執政官や軍団を倒したとのことです。

 この記述の直後に、「したがって、平和を望む人は戦の準備をするべし」という言葉が出てきます。このことから、『軍事論』のこの箇所における「戦の準備」とは、戦術を練ることだと考えられます。また、この本における「平和」がどのようなものかは、詳しく述べられていません。『軍事論』第3巻のまえがきを読む限り、抑止力によって他国から攻められないことを指しているとも思えず、おそらく戦争に勝つことを指していると思われます(また、『軍事論』において平和は手放しに歓迎されているわけではなく、例えば平和が長続きすると国が弱体化してしまうと書かれています)。ちなみに「平和を望む人は戦の準備をするべし」の後には「勝利を望む者は、入念に兵士たちを教育すべし。良い結果を願う者は、運任せではなく技を以て戦うべし(qui victoriam cupit milites imbuat diligenter; qui secundos optat eventus dimicet arte, non casu.)」と書かれています。

名言の原典を紐解いてみると

 現在 SNS 上では、Si vis pacem, para bellum. が「古代からの名言」として軍備増強に賛成する人たちに用いられていますが、上に書いたとおり古代ローマ人がこの言葉を言っていたわけではありません(ウェゲティウスの時代より前にも言われていたと仮定しても、古代にラテン語で書かれた作品のうちにこのフレーズ、あるいは同様の意味を指すフレーズは全く見つからないので、このフレーズを古代ローマ人が広く使っていた形跡を見つけられないのです)。

 私はここで、現代社会における軍備増強の是非を論じたいわけではありません。ただ、古代ローマ人に関する誤解を解きたいだけです。加えて、「名言」と呼ばれているものの出典やその作品においての前後の文脈まで調べたらさまざまな興味深い発見ができることを知っていただきたいです。

(2023年10月27日一部修正)

 

〈参照文献〉

Cancik, H., & H. Schneider (eds.) (2010). Brill's New Pauly: Encyclopaedia of the Ancient World, Antiquity, Volume 15 (Tuc-Zyt). Brill.

Milner, N. P. (1996). Vegetius: Epitome of Military Science. Liverpool University Press.

Reeve, M. D. (2004). Vegetius: Epitoma Rei Militaris. Oxford University Press.

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著者略歴

  1. ラテン語さん

    東京古典学舎研究員。高校2年生からラテン語の学習を始め、2016年から Twitter(現 X)でラテン語の魅力を日々発信している(アカウント名: @latina_sama)。企業等からのラテン語翻訳の依頼も多数。2022年にはアニメ『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』とノートパソコン Chromebook のコラボ CM で使われるラテン語を監修した。著書に『世界はラテン語でできている』(SB クリエイティブ、2024年)、『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』(SB クリエイティブ、2025年)、『ラテン語でわかる英単語』(ジャパンタイムズ出版、2025年)などがある。

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