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名句の源泉を訪ねて 

Qualis artifex pereo! クァーリス アルティフェクス ペレオー 何という芸術家がこの世を去るのか!

何という芸術家が

 古代ローマの歴史に詳しくない人でも、「ネロ」という皇帝の名前はご存知だと思います。「暴君」として語り継がれる、その彼の死に際の言葉が、今回取り上げる Qualis artifex pereo!何という芸術家がこの世を去るのか!」です。なぜ、彼は自分のことを「芸術家」と称したのでしょうか。

 まずは、それぞれの単語について解説しましょう。

文中の単語 辞書の見出し語 品詞 見出し語の意味 性、活用・曲用
qualis qualis 疑問形容詞 どのような 男性単数主格
artifex artifex 名詞 芸術家 男性単数主格
pereo pereo 動詞 死ぬ 直説法能動態現在一人称単数

qualis は、英語の quality 「質」の語源になっています。qualis の派生語に qualitas 「特性、特質」があり、これが英語の quality になりました。artifex は ars 「技術、芸術」と facio 「作る」が合わさってできた単語で、ars は英語 art「芸術」の語源です。pereo は英語 perish 「死ぬ」の語源になっています。pereo は一人称単数なので、文字通りには「何たる芸術家である私がこの世を去るのか!」という意味になります。

皇帝ネロの生涯

 では、ネロの人生を解説しましょう。彼は西暦37年、グナエウス・ドミティウス・アヘーノバルブスと小アグリッピーナの間に生まれました。「小アグリッピーナ」という名前は、彼女の母親である大アグリッピーナと区別するために付けられたものです。ちなみに、小アグリッピーナが生まれた地はもともとオッピドゥム・ウビオールム(「ウビイ族の町」という意味)と呼ばれていましたが、のちに Colonia Agrippina(意味は「アグリッピーナ植民市」)と呼ばれるようになりました。これが、ドイツの「ケルン(Köln)」の名前の由来です。Agrippina の方ではなく、「植民市」を意味する colonia の方が元になったのですから面白いです。

 さて、皇帝ネロは、即位直後は善政をしいていましたが、次第に自身にとって邪魔になる人々を次々と追放したり、処刑したりするようになり、暴君としての性格が濃くなっていきます。彼はまた芸術を愛し、自ら詩を作っていました。64年にローマが大火に見舞われた際、彼はトロイアの滅亡を描いた詩を歌っていたと噂されています。その大火の後に、彼は豪華な宮殿「黄金の館(Domus Aurea)」を建て、市民の反感を買うことになりました。現在でも、黄金の館の一部は残っており、中を見物することが可能です。黄金の館には人工池もあり、後にウェスパシアーヌス帝やティトゥス帝がそれを埋めたてて建造したのが、コロッセオです(80年完成)。昔はこの闘技場のそばにネロ帝の大きな像があったので、巨像を指すラテン語 colossus からこの闘技場が中世に Colosseum と呼ばれるようになりました。古代には、コロッセオは Amphitheatrum Flavium 「フラーウィウス円形闘技場」と呼ばれていました。Flavium は「フラーウィウスの」という意味の形容詞で、フラーウィウスというのはコロッセオを建造したウェスパシアーヌス帝やティトゥス帝が属する氏族です。

ユベール・ロベール『ローマ大火』(1785年)
ユベール・ロベール『ローマ大火』(1785年)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Robert,_Hubert_-_Incendie_à_Rome_-.jpg

 

逃亡、そして最期

 ネロの話に戻りますが、彼は在位中(54-68年)に贅沢の限りを尽くし、次第に支持を失います。そんななか、ガリア・ルグドゥーネーンシスという属州の総督ウィンデクスがネロに対して反乱を起こすなど、皇帝に反対する勢力が次第に強まりました、元老院も彼を「公敵」と宣言し、味方が次第に少なくなったネロは逃亡することになりました。その際に、「何という芸術家がこの世を去るのか!」と言いました。ネロは自分のことを大芸術家だと思っており、劇場では自分で書いた詩を歌い、ネロ帝が舞台に出ている間は、観客が劇場の外に出ることを禁じられていました。また、自分が参加する競技会では常に優勝しました。もちろん、それは審査員が皇帝に配慮した結果です。

 「何という芸術家がこの世を去るのか!」は、ネロが逃亡先で自殺を決意し、その準備が進んでいる最中に発せられたと伝えられるフレーズで、本当の最後の言葉は、助けに来た百人隊長に放った「遅すぎた(Sero.)」「これが忠義というものか(Haec est fides.)」です。その後、ネロは30年の生涯を閉じました。

 ちなみに、ネロが隠れた場所を示す碑文が現在、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂に収められています。内容は、以下の通りです。

HOC SPECVS EXCEPIT POST AVREA TECTA NERONEM
NAM VIVVM INFERIVS SE SEPELIRE TIMET

この洞穴が、黄金の館の後にネロを迎え入れた。彼が、まだ生きている際に地中に埋まることを恐れたためである

この碑文は「エレゲイア」という韻律に沿って書かれています。碑文1つにもリズムをつけて書く姿勢が好きです。

 

〈参照文献〉

スエトニウス『ローマ皇帝伝(下)』国原吉之助訳(岩波文庫、1986)。
Cancik, H., & H. Schneider (eds.) (2006). Brill's New Pauly: Encyclopaedia of the Ancient World, Antiquity, Volume 9 (Mini-Obe). Brill.
Rolfe, John. (1914). Suetonius, Lives of the Caesars, Volume II: Claudius. Nero. Galba, Otho, and Vitellius. Vespasian. Titus, Domitian. Lives of Illustrious Men: Grammarians and Rhetoricians. Poets (Terence. Virgil. Horace. Tibullus. Persius. Lucan). Lives of Pliny the Elder and Passienus Crispus. Harvard University Press.

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著者略歴

  1. ラテン語さん

    東京古典学舎研究員。高校2年生からラテン語の学習を始め、2016年から Twitter(現 X)でラテン語の魅力を日々発信している(アカウント名: @latina_sama)。企業等からのラテン語翻訳の依頼も多数。2022年にはアニメ『テルマエ・ロマエ ノヴァエ』とノートパソコン Chromebook のコラボ CM で使われるラテン語を監修した。著書に『世界はラテン語でできている』(SB クリエイティブ、2024年)、『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』(SB クリエイティブ、2025年)、『ラテン語でわかる英単語』(ジャパンタイムズ出版、2025年)などがある。

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