Sit tibi terra levis スィト ティビ テッラ レウィス あなたにとって土が軽くありますように
安らかに眠れ
亡くなった方にかける言葉に R.I.P. というものがあることは有名です。これはラテン語の Requiescat in pace. 「(亡くなったその人が)平静の中で休んでほしい」という意味です。 Requiescat in pace. は、英語で Rest in peace. と訳されます。英語ではこのように命令形になりますが、Requiescat in pace. には命令法ではなく接続法が使われています(仮に命令法であれば Requiesce in pace. になります)。接続法は様々な用法がありますが、ここでは願望として使われます。
しかし、この Requiescat in pace. は、古代から使われていた墓碑銘ではありません。古代末期になってやっと Hic requiescit in pace. 「(亡くなった当人が)ここで平静の中に休んでいる」という墓碑銘が刻まれはじめましたが、それまでは requiesco in pace 「平静の中に休む」に関連するフレーズの墓碑銘がほとんどありませんでした。
S T T L
では、古代人は墓石に何と刻んでいたのでしょう? ローマにあるカピトリーノ美術館に展示されている、2世紀ごろに作られたと考えられている墓石を見てみましょう。
D(IS) M(ANIBVS)
ALEXANDER VIXIT ANNIS III
MENSIBVS IV DIEBVS XIIX
Q(VINTVS) CANNVLEIUS ALEXANDER
PATER ET CLARINA
MATER FILIO CARISSIMO
PIENTISSIMO BENE M(ERENTI) FECER(VNT).
H(IC) C(ONDITVS) E(ST). T(E) R(OGO)P(RAETERIENS) D(ICAS) S T T L
アレクサンデルは3年4カ月18日生きた。父クィーントゥス・カンヌレイウス・アレクサンデルと母クラーリナが、今は亡霊となっている、最愛でありきわめて愛情深くまた称賛に値する息子のために(この墓を)作った。彼はここに埋葬された。私はあなたに、「通り過ぎる際には S T T L と言ってほしい」とお願いする。
最後の文は、墓碑銘を読んでいる人にあたかも墓石自身が語りかけているような文です。
S T T L という4文字は Sit tibi terra levis. 「あなたにとって、土が軽くありますように」を略したものです。もちろん、Sit tibi terra levis. と略さず書かれた古代の墓碑銘も多く見つかっています。S T T L と略されるのは、すべて書かなくても当時の人はこれを読めば何を意味しているのか分かるからです。それほど Sit tibi terra levis. は当時の社会で広く知られていたのです。levis 「軽い」はレウィスと発音し、e は長く伸ばしません。仮にレーウィスと長く発音すると「なめらかな」という、別の単語になってしまいます。

メリダ(バダホス、スペイン)出土のローマ時代の墓碑銘(国立古代ローマ美術館所蔵)
※SIT TIBI TERRA LEVIS と刻まれているのが読み取れる。
Ⓒ Caligatus, 2012
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ERAEmerita_138.JPG
sit は接続法の動詞で、願望を表します。Requiescat in pace. は亡くなった人を主語に置いた願望で、Sit tibi terra levis. は土を主語に置いた願望です。
文中の各単語を解説しましょう。
| 文中の単語 | 辞書の見出し語 | 品詞 | 見出し語の意味 | 性、活用・曲用 |
| sit | sum | 動詞 | …である | 接続法能動態現在三人称単数 |
| tibi | tu | 代名詞 | あなた | 単数与格 |
| terra | terra | 名詞 | 土 | 女性単数主格 |
| levis | levis | 形容詞 | 軽い | 女性単数主格 |
terra はちなみに英語圏でも terra firma 「堅い土地、大地」、terra incognita 「未知の地、未開拓の地、未開拓の分野」、terracotta 「素焼きの焼き物」などに使われています。cotta は「焼かれた」という意味のイタリア語が元になっています。例えば panna cotta 「パンナコッタ」は「焼いた生クリーム」という意味です。
他に Mediterranean Sea 「地中海」の Mediterranean はラテン語の mediterraneus 「内地の、内陸の」が元になっており、このラテン語の形容詞は medius 「真ん中の」と terra の要素でできています。他にも terra は territory 「領土」、terrace 「テラス」、terrier 「テリア(犬)」の語源になっています。テリアは元々、地中に住む動物を狩るために訓練された犬です。その他にも、映画のタイトル E.T. もterra に関連しています。これは extraterrestrial の略で、これは「地球外生命体」という意味です。terra には「地球」という意味もあります。
また、levis 「軽い」は英語 levitate 「空中浮遊する」や levity 「軽率」の語源です。また、levis からは levo 「上げる」という動詞派生語が生まれ、これがフランス語 lever 「上げる、上がる」になりました。これが「レヴァント(広義にはオリエント・ギリシア・エジプト方面を指し、狭義には小アジア・シリアの地中海沿岸を指す地方名)」の元になっています。ヨーロッパから見たら、レヴァント地方は太陽が「昇る」方角にあるからです。
祝福あれ!
この Sit tibi terra levis. の動詞は接続法と言いました。「接続法」は、接続法の動詞が、何かに従属する副文に使われることが多いからそのように呼ばれています。しかし、Sit tibi terra levis. のように、接続法が使われる節だけで文になるケースもあります。
ちなみに接続法は英語で subjunctive mood といい、英文法の分野では subjunctive mood は「仮定法」と訳されます。仮定法の動詞も、現実に起こっていないことを仮定する副文に主に使われます。しかし、主文でも使われることがあります。例えば God bless you! 「神の祝福がありますように」や、事実上のイギリスの国歌のタイトル God save the King! 「神が王を守りますように」、Long live the King! 「王様万歳」などに使われます。また、「万歳」を指す Viva! は、イタリア語の vivere 「生きる」の接続法能動態現在三人称単数 viva が元になっています。
God bless you! などが三人称単数現在形に付く s あるいは es を追加していない(つまり、God blesses you! になっていない)のは、ここでの bless が仮定法だからです。ラテン文法を調べると、英語の文法の疑問点なども解消されるかもしれません。
〈参照文献〉
