ut ameris, amabilis esto ウト アメーリス アマービリス エストー 愛されるためには、愛すべき者であれ
古代ローマの「モテテクニック」
今回紹介するのは、恋愛術です。恋愛術というのは、砕けたことばで言えば「モテテクニック」とでもなりましょうか、現代においても需要のあるものです。どんな人が書いたのか分からない恋愛指南が高値で売られているのがその表れです。そして、古代ローマでもそのようなテクニック本がありました。それが、オウィディウス(43 B.C.-17 A.D.)の『恋愛術』です。3巻からなり、また続編という形で『恋の病の治療』という作品もあります。ジャンルは教訓詩というもので、古代ギリシャ・ローマ世界では教えを詩にして伝えるということがなされていました。例えば、ヘシオドスは『労働と日々』(700 B.C. ごろ)で、労働の大切さなど幅広いことを伝えています。そんな教訓詩を「恋愛」という、かなり軽いトピックで作っているので、『恋愛術』はまじめな作品というよりも教訓詩のパロディと考える方がよさそうです。ちなみに、後世の人々にとってオウィディウスは『変身物語』という、神々を扱うストーリーの詩人と思われているかもしれませんが、彼は初期に恋愛を扱った詩を主に書いていました。
ここで、今回のフレーズ ut ameris, amabilis esto 「愛されるためには、愛すべき者であれ」の語句説明をします。
| 文中の単語 | 辞書の見出し語 | 品詞 | 見出し語の意味 | 性、曲用・活用 |
| ut | ut | 接続詞 | …するために | |
| ameris | amo | 動詞 | 愛する | 接続法受動態現在二人称単数 |
| amabilis | amabilis | 形容詞 | 愛すべき | 男性単数主格 |
| esto | sum | 動詞 | …である | 命令法未来二人称単数 |
ちなみに、命令法には現在形もあり、sum の命令法現在二人称単数は es ですが、直説法と区別がつかなくなるため、未来形の esto が代用されることもあります。ut には様々な意味があり、それは文脈などで決まります。ut と接続法の動詞が組み合わさった場合でさえも複数の用法があるのですが、ここではそのうちの1つ「目的」として解釈するのが自然です。また、上の表の ameris の活用を見れば分かるとおり、ラテン語には接続法にも受動態の活用があります。しかも、時制によって変わります。これは、接続法はあっても接続法受動態がないドイツ語と異なります。例えば、ドイツ語で「する」を意味する machen の接続法受動態現在一人称単数は ich würde gemacht になります。ちなみに、フランス語などの、ラテン語から生まれたロマンス諸語にも接続法受動態の形はありませんでした。作るとしたら、aimer「愛する」の接続法受動態現在一人称単数は je sois aimé(男性形)あるいは je sois aimée(女性形)と、複数の単語を使わねばならなくなります。
また、この ameris という形を見ると、直説法受動態の amaris と共通した活用語尾を持っていること、そして amo の接続法能動態現在の活用に頻繁に見られる e が表れていることが分かります。つまり、ラテン語は活用が多いといえども、まったく不規則で1つ1つ覚えなくてはならないというものではありません。
「かわいいだけ」ではだめ
さて、『恋愛術』の構成を見ていきましょう。第1巻はどうやって女性と付き合えるのか、第2巻はどうやってその女性との関係を続けられるのか、第3巻は男性でなく女性向けのもので、いかにして男性を得ることができるのかという内容です。
なんとなく面白そうだから楽に読めそう、と想像してはなりません。いざ読もうとすると、神話のエピソードがかなり盛り込まれていることに気づくでしょう。作者の教訓を説得力あるものにするために、話題に当てはまる例をギリシャ神話から持ってきているのです。
そんな『恋愛術』のなかで、今回取り上げたのは第2巻の107行で、次のように書かれています。
Sit procul omne nefas; ut ameris, amabilis esto:
Quod tibi non facies solave forma dabit
あらゆる罪業を遠ざけよ。愛されるためには、愛すべき者であれ。そしてそのことはあなたが顔がよくても、あるいは見た目だけがよくても叶わないだろう
『かわいいだけじゃだめですか?』というフレーズが流行っていますが、『恋愛術』によればそれだけではだめだそうです。また、続けて「たとえ君がそのかみホメロスに熱烈に愛されたニレウスのごとき者、ナイアデス(水の精たち)が悪さをしてさらったヒュラスのごとき者だとしても、意中の女性を引きとめておくために、また彼女に逃げられて茫然としたりしないためにも、美しい肉体に才気という賜物を加えるがいい」(沓掛良彦訳)と書いています。
ここで言及されるニレウスはトロイア戦争(紀元前13世紀ごろ)においてのギリシャ軍にいた美少年で、アキレスに次ぐ美貌と言われていました。ヒュラスは、ヘラクレスに愛された少年です。金の羊毛を求める旅に出るヘラクレスに随行し、途中に立ち寄ったミューシア(小アジア北西部の国)で彼の美貌に魅了された水の精たち(ほかの言い伝えによっては水の精一人)に連れ去られました。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
『ヒュラスとニンフたち』(1896年)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Waterhouse_Hylas_and_the_Nymphs_Manchester_Art_Gallery_1896.15.jpg
ちなみに、『恋愛術』はエレゲイアという韻律で書かれています。上は長音節・短音節・短音節または長音節・長音節が6回繰り返されたもの(第5脚目は長・短・短のみで、第6脚目は長音節と長短いずれか)で構成されたダクテュリクス・ヘクサメトロスと、長音節・短音節・短音節(あるいは長音節・長音節)を2回繰り返して長音節を1つ置き、そこで必ず単語が終わるようにします。そして長・短・短・長・短・短・長と続けます。
Sit procul omne nefas; ut ameris, amabilis esto:
Quod tibi non facies solave forma dabit
これも、韻律解析をするなら、次のようになります。
(長)
(短)
(短)
(長)
(短)
(短)
(長)
(短)
(短)
(長)
(短)
(短)
(長)
(短)
(短)
(長)
(長)
(長)
(短)
(短)
(長)
(短)
(短)
(長)
の切れ目が入る
(長)
(短)
(短)
(長)
(短)
(短)
(この音節自体は短であるが、
行末なので特別に長と数えられる)
今回取り上げた『恋愛術』は、恋愛テクニックの本ではありますが、古代ローマ人の生活模様なども学ぶことができるという面もあります。気になった方は読んでみてください。
〈参照文献〉
