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わかる!『英語語源辞典』

わかる!『英語語源辞典』 第1回 start

 拙者、アングロサクソン戦士にして古英語を母語とするウィネウルフと申す。英語の歴史や語源をこよなく愛し、20世紀に日本語で編まれた『英語語源辞典』(寺澤芳雄編集主幹、研究社、1997年)を座右の書とする者である。この辞典は、国内外に愛読者がおり、2024年に新装復刊までなされたという名著。そこには、英単語の語源のみならず、意味や語形の変化、言葉の背後にある社会や文化に関する知見が詰まっておる。されど、この辞典には、記号や略称や英語史に関する知識など、前提とされている事柄が多く、少なからぬ読者にとって、記述を完全に読み解こうとしても、なかなかに難しいと聞く。そのような折に、毎回1つの語を取り上げ、辞典の記述に従ってその語の歴史を詳細に読み解いていく連載が始まると聞きつけ、応援しようと馳せ参じた次第。

 皆のもの、『英語語源辞典』で広がる英単語の世界をともに巡らん!

 

第1回

start

寺澤志帆

 

 

1 見出し・品詞

start v.

v. は動詞(verb)を表します。

 

2 初出年代・語義

†1⦅OE⦆-⦅1567⦆跳ねる.2⦅?a1200 Layamon⦆急に動く.3⦅c1330⦆噴出する.4⦅1526⦆(部品などが)はずれる.5⦅a1529⦆ぎくりとする.6⦅1645⦆(競馬で)ゲートから発走する.7⦅1821 Scott⦆出発する.

 この語は古英語から文献に現れます。古英語とは紀元700年~1100年ごろの英語を指し、特に紀元1000年よりも前から見られるものには⦅OE⦆の表記が使われています。二重括弧内の数字は各語義の初出年代を表し、初出が早い順に語義が並んでいます。初出年に見られる a はそれ以前であること(ラテン語の ante(=before)の略)、c はおよそその年代であること(ラテン語の circa(=about)の略)を意味します。語義1についている「†」マークは廃義であることを表し、1567年以降はこの意味では用いられていないことがわかります。主要な作品・作者についてはその名前が添えてあり、語義2は Layamon による Brut(『英語語源辞典』のxvii-xviiiページには中英語期主要作品の成立年代と作品名のリストが掲載されています)、語義7は Walter Scott の作品が初出であることを示しています。語義1や2にある通り、start の原義は「始まる、始める」ではなく「跳ねる、突然動く」でした(3を参照)。この原義から「突然」の要素が薄れ、「動き出す」から「始まる、始める」の意味が派生しました。

 

3 ◆語源記述

表1 『英語語源辞典』start の語源表記

表記
補足説明
読み解き
ME sterte(n)
①ME=Middle English(中英語;1100年~1500年ごろの英語を指す)
start の中英語における見出し語に相当する語形(不定詞)は sterte(n)。屈折語尾の弱化に伴い、不定詞語尾の -n がある語形とない語形が見られた。
< OE *styrtan (cf. sturtende (pres.p.)) to leap up, (原義) move briskly or stiffly
②OE=Old English(古英語)
③「<」は音法則的な発達をしたことを示す。
④「*」は実際の記録に例証されたものではなく、理論的に再建された語形であることを表す。
中英語の sterte(n) は古英語の *styrtan(再建形)から発達した(4❶を参照)。実際の記録には現在分詞(pres.p.=present participle)の sturtende が残っている。古英語の *styrtan の意味は「跳びあがる」で、原義は「きびきびと、あるいはこわばって動く」であった。
↼ Gmc *stert-, *sturt- (Du. storten to throw, spill / G stürzen to overthow)
⑤Gmc=Germanic(ゲルマン祖語;『英語語源辞典』では「ゲルマン共通基語」)
⑥「↼」は広く造語関係を示す「派生」を意味する。
⑦Du.=Dutch(オランダ語)
⑧G=German(ドイツ語)
古英語の *styrtan はゲルマン祖語の *stert-, *sturt-(再建形)から派生した。オランダ語 storten「投げる、こぼす」やドイツ語 stürzen「転覆させる」などは(古)英語と同じゲルマン祖語に遡る同族語である。これらの言語に見られる対応からゲルマン祖語が理論的に再建された。
↼ IE *sterd- ↼ *ster- stiff (L torpēre to be stiff):
⑨IE=Indo-European(印欧祖語;『英語語源辞典』では「印欧共通基語」)
⑩L=Latin(ラテン語)
ゲルマン祖語の *stert-, *sturt- は印欧祖語の *sterd- から派生し、さらに「硬直した」を意味する *ster-(いずれも再建形)に遡る。ラテン語の torpēre「こわばる」は同じ印欧祖語に遡る同族語である。
cf. stare, starve
stare「凝視する」、starve「餓死する」も start と同じ印欧祖語の *ster- に遡る。いずれも『英語語源辞典』に見出しあり。

 

〈印欧祖語とは?〉

 現在インドからヨーロッパにかけて広い地域に分布する諸言語の祖先となる1つの言語が、一説によると紀元前4000年ごろに南ロシアのステップ地帯で話されていたと考えられています。この言語は印欧祖語(『英語語源辞典』では「印欧共通基語」)と名づけられ、印欧祖語から派生したとされる言語群は印欧語族と呼ばれています(図1を参照)。印欧祖語は数千年の長い時をかけていくつかの語派に分岐していきました。その中で現在の北欧やドイツの方面へ展開したものがゲルマン語派で、この段階の言語はゲルマン祖語(『英語語源辞典』では「ゲルマン共通基語」)と呼ばれています。英語はこのゲルマン語派に属する言語で、オランダ語やドイツ語、デンマーク語などとは姉妹関係にあります。印欧祖語やゲルマン祖語を書き残した文献資料は確認されておらず、その末裔とされる諸言語を比較対照し、言語間の系統関係を探る比較言語学の手法によって、これらの祖語の形が理論的に再建されてきました。

図1 印欧語族の系統図

堀田隆一『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(2016年、研究社)より

4 ◇補足的・語誌的記述

❶
OE *styrtan は音法則的に ME で中西部・南部方言 sturte(n),中東部・北部方言 stirten,ケント方言 sterte(n) に発達するが,今の形はケント方言の変形 starten(cf. DARK(< ME derk),star(< ME sterre))から(cf. build, merry).ME 北部方言には sterte(n) の形もあり,現在のスコットランドおよび北部方言 stert のもとになっているが,これには ON sterta の影響などが考えられる.

 古英語(OE)のウェスト・サクソン方言として再建されている *styrtan は中英語期(ME)になると方言によって異なる母音で現れるようになりました。現在の start の語形はケント方言の sterte(n) が starten に変形したものに由来します。同様に er から ar に変化した語には dark や star などがあります(いずれも『英語語源辞典』に見出しあり)。参考として build と merry が挙げられていますが、これらも古英語のウェスト・サクソン方言で典型的に <y> で綴られる母音が中英語の各方言において異なる形で現れた例です(build の古英語形は byldan、merry の古英語形は myr(i)ġe)。start、build、merry の現在の発音と綴字を見ればわかるように、どの方言の発音・綴字が標準形になったかは語によって異なります。また、build では異なる方言の発音と綴字がそれぞれ一般化した結果、発音 /i/ に対して綴字が <ui> になったように、両者が一致しなくなった場合もあります。

 現在のスコットランドおよびイングランド北部方言の stert は中英語の北部方言形 sterte(n) に由来し、古ノルド語(ON=Old Norse)の sterta から影響を受けたと考えられています。古ノルド語は英語と同じく印欧語族ゲルマン語派に属する言語で(3〈印欧祖語とは?〉を参照)、現在のデンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、アイスランド語などの北欧諸語に発展しました。

❷
他動詞としての用法は14C末からで狩猟用語「(うさぎなどを)狩り出す」が最も古い.成句 start a hare「(議論などが)枝葉にわたる」はその比喩的用法.

 2初出年代・語義で示されているように、start は「跳ねる」、「急に動く」など自動詞としての用法から始まりました。他動詞としては「(うさぎなどを)狩り出す」の語義での用法が最も古く、14世紀末から文献に見られます。start a hare は本来「うさぎを狩り出す」ことを意味しましたが、うさぎが巣から追い立てられ、四方に分かれて広がるさまから、比喩的に「(議論などが)枝葉にわたる」の意味を表す成句となりました。

 なお、この後に start の名詞(noun)用法、start の派生語 starter、starting、startingly、†starting-hole、start-up が続くが、本記事では省略。

 

〈参照文献〉

唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一『英語語源ハンドブック』研究社、2025年。
“Start, V.” Oxford English Dictionary, Oxford University Press, September 2026, https://doi.org/10.1093/OED/5026135975.(要ユーザー登録)

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著者略歴

  1. 英語史愛好会 Helvillian

    英語史を愛し、日々その魅力を広める活動(hel 活)を自主的に行う集団。名前の由来は、History of the English Language+ville+-ian (英語史市民)。英語史の研究者から、英語教員や英語学習者を含め、hel 活応援者まで、幅広いバックグラウンドをもつ有志が集う。毎月28日に『月刊 Helvillian ~ハロー!英語史』(創刊は2024年11月号)を刊行。本連載に登場するアングロサクソン戦士ウィネウルフくんは、Helvillian 制作「古英語 LINE スタンプ」のキャラクター。

  2. 堀田 隆一

    英語史研究者(慶應義塾大学)。「英語史をお茶の間に」をモットーに、「hellog~英語史ブログ」や Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」などのメディアを通じて、日々英語史のアウトリーチ活動を行っている。『英語語源辞典』は日夜耽読する1冊。著書に『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社、2016年)、『英語語源ハンドブック』(共著、研究社、2025年)、『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』(NHK出版新書、2026年)など。

  3. 寺澤 志帆

    慶應義塾大学大学院 文学研究科 英米文学専攻 後期博士課程在籍。英語史、特にスペリングの変化について研究しており、とりわけ doubt の b に代表される「語源的綴字」の問題に関心がある。「寺澤志帆のホームページ」にて、『英語語源辞典』を通読しながら英語のスペリングの歴史や語源について1日1語紹介する「『英語語源辞典』でたどる英語綴字史」を連載中。

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研究社WEBマガジン Lingua 4 月号 第 9 巻第 1 号(総号 329 号)
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